9Hz研究所

9Hz研究所とは


  9Hz研究所 (Nine Hertz Laboratory)
 廣川ちあき(詩作・スポークンワード)と000(トラックメイキング・DJ)によるユニットプロジェクト。2017年9月、「胎動Poetry Lab0.」で初ライブ。1st EP「海と冷蔵庫」を配布中。
*なお、EPの制作に際しては、A-List Entertainment様に大変お世話になりました。ありがとうございました。
A-List Entertainment official web site

メンバー

廣川ちあき
詩の執筆とスポークンワードを担当。2016年よりポエトリーリーディングを始める。東京とその近郊のオープンマイクやポエトリースラム、ライブで活動中
Twitter: @chiaki_hrkw

000 (Zero)
トラックメイキングとDJを担当。イラストの制作活動も行っており、2012年から2015年にかけて、ヒップホップライブイベント・Pinky Wingsのキービジュアルを共同制作していた。9Hz研究所ではEPのアートワークを手がける。
Twitter: @000_zer0

1st EP 「海と冷蔵庫」収録詩



1. 卵を焼くことについての4つのエピソード


(1)食卓で向かい合って朝食を食べる。目の前にいるのは目玉焼きにかけるマヨネーズと醤油の混ぜ加減に、一家言どころか二家言、三家言もありそうな男だ――「ストップ!ああもう今日という日を愉快に過ごせる最高の比率だったってのに――まあいいか今日はしょっぱめってこったな、今更ながらしょっぱなからこうじゃどうも間が悪い」

(2)早々と訪れた炎天下の昼下がり。車のボンネットの上で目玉焼きを焼こうとしたら、割った卵がボンネットの坂をするすると滑り落ちて地面で見事につぶれた。これにて終幕。千穐楽は初日と同時にやってくる。(卵の黄身の重みで滑ったのか、ならばスクランブルエッグにでもしときゃよかった!)

(3)かきまぜた卵を焼けたフライパンに流し込め(砂糖の加減はその日の気まぐれ)。火が通り始めたその場所から、卵の海が生み出すのは小さな島々。ひょっとしたら神さまも大地もこんなところから生まれたのかななんて、フライパンの中の天地創造を眺めながら言ってみたくもなるさ、“ALL IS WELL WITH THIS WORLD!”

I'm too tied up with work day by day
Let's have sunny side up even on a rainy day
So if you need me feel free to say my name
Anyway, go ahead and make my day!

(4)卵焼きを作るならば
・まずきれいに巻くこと、そして
・お話を聞かせること ※これが肝心
口のなかでほどけるふわふわな絵巻物は誰も聞いたことのない物語をこしらえる……「パンがないなら目玉焼きを食べればいいじゃない」とのたまった王妃の生卵的な末路。朝から悲劇じゃあどうも間が悪い。醤油とマヨネーズの混ぜ加減のせいだなこりゃ……

2. 海のエスキース


日焼けした大きな手の甲 節くれ立った指 両膝の上に押さえる乾いた新聞紙
ゆるやかにたたまれた紙の端が時折ぱたぱたとひかえめに海風にはためく
やせ細った木の椅子に もたれるでもなく 姿勢をただすでもなく 
老いた漁師がテラスにひとり
昼寝の眠り 太陽は傾き 変わる風向き 目覚めのまばたき
あの日見たライオンの夢を今日も見なかった 昨日の夢も至極雑多
尻尾だけ残して骨だけになったばかでかいカジキを連れて帰ってきた日の夢
――ベッドなんて今の俺には無用のものさ、また新聞紙敷いて横になりゃいい
空き缶に注いだコーヒーは澄んだ黒い鏡のようにしんとしている

崩れた珊瑚礁の道 後生大事に抱えるほころびた記憶のあらすじ
悲しみは何食わぬ顔で微笑み「前にお会いしませんでしたか?」いいえ、一度も

サンダルを脱いで砂浜を降りていく やわらかな砂が足の指の間に忍びこむ
たわむれにくすぐられるままに昼間の熱をまだ少し宿した それでも冷めた感触
切るのならもっと短くすればよかったと もてあます黒髪(ほんとは強がり)
港町の少女がひとり 
手には瓶の底をくりぬいて作ったボトルシップ まがいもの
終わる前にそもそも始まっていなかった恋とよべるかどうかもいささか怪しい代物の結末にそれらしいものだけが残された 
道具立てにしちゃどうもできすぎてる
――この話を映画にしてスタッフロールまでつけたってきっと
あたしの名前しか出てこないさ
折よく寄せてきた泡立つ波に少女は瓶をのせる できるだけ優しく
不時着したようにうち捨てられて カモメたちの足あとがひっかき傷で残って
しょっぱい波と風に晒されて砂まみれの錆びた箱になり果てるのも時間の問題だ
おんぼろの小さな電車がひとつ 緑と黄色の塗装ははがれ落ちつつ
昔はかぼちゃ電車って呼ばれて子供たちに人気だったんだぜとひとりごつ
街が大嵐でこっぱみじんになった日 
ふっ飛ばされたパンタグラフを追いかけてさまよった
乗せてくれと怒鳴る声のために線路の上に戻り走るべきだったかもうわからない
――何しろ目は前にしかついていないし、そもそもこれ目じゃなくってライトだからな
夜になればかつて車掌がともしてくれた明かりの代わり 月の光

崩れた珊瑚礁の道 後生大事に抱えるほころびた記憶のあらすじ
悲しみは何食わぬ顔でまたも微笑み「前にお会いしませんでしたか?」
いいえ、一度も

3. ハクモクレン抒情


むせかえるほどにのぼせそうなほどに 
街灯にやたらまぶしく照らされた人波
その流れをさかのぼって歩みを早める
こんなときくらいは強いシャチのひれでも欲しい

雑踏の中をすり抜ける耳は
浮き立った会話たちのハイライトを拾う
遠くの水音が通奏低音のように
途切れずに近づいてくる

やわらかな身体をうんとのばして
伸びをする野良猫は春の宵のアコーディオン
大きなあくびをひとつすれば
それはとっておきの洒落たカデンツァに変わる

雑踏から取り残された一角に
ほてった頬を冷ます風が吹いて見上げれば
月の光を透かしてふわふわと揺れる
ハクモクレンはまだ終わっていなかった

コンテで描いた樹の黒い枝々が
血管みたいに夜空に張り巡らされる
そのなかには透明な血液が
脈打ちながらきっと流れている

つぼみをおおう銀色のこまやかな和毛は
鼻息ほどのかすかな風にも震えて
日増しに暖かくなる春の大気にその羽を開いて
花たちはふるりとこの世にこぼれ出た

昼日中の日溜まりには申し合わせたように
ひとしく日の光の方を向いて咲いた
そこにとどまらなくてはならないという
暗黙のルールを知らなかったせいだ

そしてその日ハクモクレンたちは
ひと群れの白い鳥になって飛び立った
この世にいるはずのない鳥になって
羽音一つ立てずすべて振り払うように

たった一度のくちづけで解ける呪いは
実はそう多くはなくて
十年、二十年、あるいはそれ以上
時が過ぎても気づかないことすらある

それは砂糖瓶の中にたまにできる小石ほどの
砂糖のかたまりみたいに居座る
角砂糖と同じだよ、紅茶に溶かせば済む話だと、
確かにそうなんだけれど

それでも誰かと手を繋ぎたいのは
意外と知らないこの身体の縁から
あふれだす何かがこぼれてしまうのを
一緒に受け止める人が欲しいからだ

一枚の薄い紙で指を切ったときさえ
一瞬おくれて痛む傷口に
小さくともたしかにもう一つの心臓が
脈打ちながら血をあふれさすことを知っている

雑踏から取り残された一角に
ほてった頬を冷ます風が吹いて見上げれば
月の光を透かしてふわふわと揺れる
ハクモクレンはもう終わりそうだ

****

フィナーレに次ぐフィナーレを繰り返し
何食わぬ顔で歩みを止めない季節に
ずっとそこにいたようなふりをして浮かぶ
月の表面のうるおいが一段と増している

ひと群れの白い鳥になって飛び立った
ハクモクレンたちの行き先を思う
それでも誰かと手を繋ぎたいのは

こぼれた気持ちがまだ鳥になれないせいだ


4. 本を冷蔵庫に入れた話

もう棚という棚を埋め尽くしてしまった。壁じゅうをありとあらゆる棚にしてこれだ。ぶどう棚や藤棚がはたして棚かどうかというもっともな議論はまた別に譲るとして、仕方ないだろう! 本のほうで勝手に増える。減らしたいものほど増えていく、よくある話だ。全部の棚に本が入っている以上、とくに本棚というべき棚ももはやない。

そしてもう床という床も埋め尽くしてしまった。眺めてるとこっちが絶海の孤島の気分だ。ここがのどかな秋の野原なら、足を踏み出せば足許からぱっと飛び立つ雀たち……ここでは本の山が三つばかり崩れる。ものすごく地味なうえに戻すのにも一手間。街まるごと踏みつぶす巨大不明生物だってここまで律儀にはやらないはずだ。

本棚も床も尽きた。太陽はまた昇った。思案に暮れる間に夜はさっさと明ける。これまで頑として開いてこなかったあの扉の向こうを使うときが来たらしい。行き場を失った絵本たちを両腕に抱えて、本のタワーの間を……といっても間なんかないから、裸足で踏み倒しながらたどり着いた。

冷蔵庫の前。

ちいさく深呼吸して扉を開ける。冷蔵室、冷凍室と絵本たちを詰めていく。扉を開けたときだけ灯ってくれる、オレンジ色の光は冷えていても優しい。……もうこれで全部だ、日はまた暮れた。縦置きで空いたスペースは横置きで埋めた。この身の置き所には未だに困るけれど、本の置き所が決まりゃちっとは気が楽だ。

ふと思い立って冷凍室に入れた絵本をぱらぱらとめくる……どうも変だな。お母さんと一緒にホットケーキを焼いていたはずの熊の男の子が冬眠している。金と銀の斧を持って池から出たい神様は、こりゃ出られないぞと頭を抱え、いばら姫の城のいばらには霜が降りて、ますます勇者たちを拒んでいる。

いっぽう、冷蔵室では雪の女王の城がどんどん解凍されて崩壊まぎわ。「初めはそうでもないかとたかをくくっていたけれど思った以上にこれ解けるのが速い!」城から逃げた少年の置き土産なのか、春が来てはたまらないと女王は吹雪を巻き起こす。そういうわけにはまいりませんと冷蔵庫もヒートアップ。
ばつん!と鳴って暗闇になる……ブレーカーが落ちた。

増えすぎた本を部屋の隅から始めて、まとめて捨ててしまおうと何度試しただろう。なんで捨てないの?というもっともな問いが心のインク瓶から幾度となく溢れた。でも思い出のあと一冊を縛ろうとすればいつも決まってビニール紐が少しだけ足りない。それはわざとでもなければ偶然でもない。ただそうなるべくしてなっているだけだ。

冷蔵庫の扉を開けて、ひんやりと冷たい本たちを取り出してまた腕に抱える。ぱらぱらとめくれば雪の女王の城は完璧な雪と氷、すべて元通り。熊の男の子はホットケーキを頬張り、神様はやっと池から顔を出し、いばら姫の城のいばらは息を吹き返し、百年の呪いが解けるのを待つ。

あれは夢の中のできごとだったのだろうか。それで構わない、部屋中にあふれかえる思い出とこれからなる予定の記憶たちに、命めいたものがまだあると分かったのだから。

ブレーカーを上げてやればまたいつもの部屋。本棚も床も尽きた、なるべくしてそうなった。もう一度冷蔵庫に本を入れてみようか、と思ってやはりやめる。太陽はまた昇った……

5. ことばのことばかり


ことばのことばかり考えて遠回り、
物わかりのわるい物語の横流し。
連なり、転がることばたち。
横並びの中からなかなか出ない大当たり。

ことばのフレームからはみ出た世界を虫取網で捕まえに行った子どもが帰らない。きっとあの笛吹きのしわざだ……噂は膨れ上がりあっという間にしぼむ。
彼が旅先で出会ったものといえば、
(1)武士の侍が馬から落ちて落馬したとか
(2)鳩時計から出てくるのが鳩じゃなくてカッコウだとか
……まあ、たとえばそういうこと。

詩人志望の少女はロマンチストでリアリスト。自意識過剰なポエムで言い寄る男たちの出鼻を鮮やかにくじいては、書斎にこもって思案に暮れる。
「いばら姫の呪いはたった100年だけど、このスランプは悠久の歴史になりそう。世界を言葉でつかまえられると思い込んだ夢を覚ます王子様のキスはまだ来ないの?」

たまたまそのへんに転がっていたばかりに
追いかけ回されて逃げ回る世界と、
それをてんでばらばらに追いかけ回している
ことばたちの永遠のコメディー。

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